1万円をもらう喜びより、失う痛みの方が大きいのはなぜか。「損失回避」の研究

1万円を拾ったうれしさより、1万円を落としたショックの方がずっと大きい。株やポイントで少し損をすると、なかなか手放せない。そんな経験はないでしょうか。行動経済学では、人は損失を、同じ額の利益より大きく感じる傾向があることが知られています。これは「損失回避」と呼ばれ、お金の判断に大きく影響します。
3行でわかる
- 150の論文・607の推定値をまとめた分析では、人は損失を利益の約1.96倍の重さで感じていた。
- 19か国・4,098人で、損失回避を含む元の理論の実験を再現した研究では、94%の項目で同じ結果が得られた。
- 一方で、「損失が利益より強く感じられるのは一般的な原則とは言えない」とするレビューもあり、状況によって違う可能性も指摘されている。
01「損をしたくない」気持ちは、「得をしたい」気持ちより強い
損失回避とは、同じ金額でも、得をするより損をする方を大きく感じる心の傾向です。「損をしたくない」という気持ちが、お金の判断を慎重にもすれば、判断を誤らせることもあります。
行動経済学者のカーネマンとトベルスキーは、1979年に、人がリスクのある選択をするときの心の動きを説明する理論(プロスペクト理論)を発表しました。損失回避はその中心的な考えの一つです。
損失回避が強く働くと、損をしている株を「元に戻るまで」と売れなかったり、使っていないサブスクを解約できなかったり、少しの損を避けるために大きなチャンスを逃したりします。
一方で、損失回避は、無駄遣いを防いだり、リスクの高い話に飛びつかないようにしたりする面もあります。
02研究でわかっていること
人は損失を利益の約2倍の重さで感じる傾向があり、この理論は多くの国で再現されています。ただし、いつも当てはまるわけではないという反論もあります。
Brownら(2024)[1]
1992〜2017年に報告された150の論文・607の損失回避の推定値をまとめた。人が損失を利益に比べてどれくらい重く感じるかを表す係数は、平均で1.955だった。研究の方法による違いは、あまり大きくなかった。
対象: 150の論文、607の推定値 / 限界: 経済学・心理学・神経科学などさまざまな方法の研究をまとめたもの。
Ruggeriら(2020)[2]
1979年のプロスペクト理論の元の実験を、19か国・13言語・4,098人で、通貨だけを合わせて再現した。94%の項目で元の結果が再現され、13の理論的な比較のうち12が再現された。国によって違いはあったが、理論の基本は確かめられた。
対象: 19か国の4,098人 / 限界: 仮定の選択問題への回答。
Gal & Rucker(2018)[3]
損失回避の証拠を見直したレビュー。今ある証拠を総合すると、損失がいつも利益より強く影響するとは言えないと主張した。状況によって、損失と利益の影響の大きさは変わると考えるべきだとしている。
対象: これまでの研究のレビュー / 限界: 損失回避を支持する研究者との間で議論が続いている。
Arioliら(2026)[4]
損失回避を調べた脳画像研究をまとめた。損失回避の係数の平均は1.71で、損失を利益より重く感じる傾向が確認された。報酬、感情、体の感覚に関わる脳の部分が、一貫して関わっていた。
対象: 脳画像研究のメタ分析 / 限界: 研究の数と方法に限りがある。
03今日からできる小さな一歩
損失回避は、なくすことはできませんが、気づくことはできます。「損をしたくない」気持ちで判断していないか、立ち止まって確かめます。
「今ゼロから選ぶならどうするか」と考える
損をしている株や、使っていないサービスをやめられないときは、今ゼロから選ぶとしても同じものを選ぶかを考えます。
所要 1分
損と得を同じ物差しで比べる
「損をしないこと」だけでなく、「続けることで失うもの」も書き出して、両方を比べます。
所要 5分
「損をしない」をうたう勧誘に注意する
「元本保証」「絶対に損しない」など、損失への不安に訴える勧誘ほど、内容を確認します。
所要 判断するだけ
04続けるためのコツ
損失回避は、お金を守る力にもなります。損を怖がりすぎて動けなくなっていないかを、ときどき見直すことが大切です。
- 小さな損は、学びの費用と考えると、手放す決断がしやすくなります。
- 大きなお金の判断は、損得の気持ちが落ち着いてから行います。
- 損失回避の強さには個人差や国による違いがあります。自分の傾向を知っておきましょう。
- 「損を取り戻せる」とうたう投資話や勧誘でトラブルになったときは、消費生活センター(188)に相談できます。
05よくある質問
損失回避について、よく検索される疑問に研究の範囲で答えます。
損失回避とは何ですか?
同じ金額でも、得をするより損をする方を大きく感じる心の傾向です。607の推定値をまとめた分析では、人は損失を利益の約2倍の重さで感じていました。
損失回避は本当にあるの?
多くの研究で確認されています。19か国・4,098人の再現研究では、元の理論の94%の項目が再現されました。ただし、いつも当てはまるわけではないという反論もあります。
損失回避でどんな失敗をしやすいの?
損をしている株を売れない、使っていないサブスクを解約できない、少しの損を避けて大きなチャンスを逃す、などがあります。
損失回避とうまく付き合うには?
「今ゼロから選ぶならどうするか」と考えること、損と得を同じ物差しで比べることが役立ちます。
出典
- Brown, A. L., Imai, T., Vieider, F. M., & Camerer, C. F. (2024). Meta-Analysis of Empirical Estimates of Loss Aversion. Journal of Economic Literature.(MetaArXiv版で内容を確認) https://doi.org/10.31222/osf.io/hnefr
- Ruggeri, K., et al. (2020). Replicating patterns of prospect theory for decision under risk. Nature Human Behaviour, 4(6), 622-633. https://doi.org/10.1038/s41562-020-0886-x
- Gal, D., & Rucker, D. D. (2018). The Loss of Loss Aversion: Will It Loom Larger Than Its Gain? Journal of Consumer Psychology, 28(3), 497-516. https://doi.org/10.1002/jcpy.1047
- Arioli, M., Colletti, M. P. M., Cattaneo, Z., & Canessa, N. (2026). Mapping the functional neurocognitive correlates of loss aversion: A coordinate-based meta-analysis. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 191, 106937. https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2026.106937